10月6日、京都地方裁判所でタウンミーティング訴訟の公判があり、いつものように多数の傍聴者が大法廷をうずめた。この裁判は京都の教育政策をめぐる訴訟で、勤評闘争以来、教育現場の荒廃を憂いてきた両親は入院時を除いて熱心に傍聴してきた。
両親が徳島時代、食堂をしていて徳島大学学芸学部の学生たちの溜まり場となっていた。彼らの多くは教員の道を歩んだが、勤評闘争で組合が壊滅し、全県で組合員が数百人という状況になったが、ユニークな先生たちで頑張っていた。両親の自慢の学生たちであった。当時、砂川闘争の記録映画を見て、小学校3年生だったか、全学連の戦いに強い印象をいだいのを思い出す。砂川闘争に中の学生たちの必死な抵抗と対峙のさなかに歌われた赤とんぼの歌、この映画は私の原体験と言ってよい。最近、政治評論家森田実が砂川闘争の現場指揮者だったことを知る。森田実は警官隊との戦いに疲れきって、赤とんぼを歌うことを思いついたらしい。学生たちが戦いの歌ではなく赤とんぼを歌って、とうとう警官隊も休戦となったということだ。学生たちが店の2階ではてない議論をしているのを聞いて過ごした1950年代が懐かしい。
ところで、この裁判に特別な思い入れを私が持つのには理由がある。それは、タウンミーティングに応募した母親とその娘、そして夫をすべて排除したことにある。家族ぐるみで排除するとは、マッカーシズムではないか。権力者がついしたがる弾圧だろう。以前、立命評論解散事件がおきたとき、共産党が権力をにぎる当局は、立命評論を支持する学生たちをまるごと排除した。彼らは教室を借りることも、ビラも撒けず、アルバイトの紹介も受けられないのであった。表面的な近代化の一方、異なった思想集団を排除しようとする権力的な思考は厳しく批判されなければならない。
この訴訟の中心メンバー、北上田さんがタウンミーティングがもともと、合衆国草創期のたちを伝える直接民主主義の場であったと、資料を提出していたが、おかしな話しではないか。タウンミーティングから批判的な人たちを家族ごと排除するとは。マッカーシズムは「付き合いによる罪」、チャップリンをはじめリベラルな人が「付き合いによる罪」でつぎつぎと追放された。マッカーシズムは危険な世の中への入り口。それは左右に内在する。
判決は12月8日午前10時です。

コメントする